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令和6年 涅槃会
2月15日(木) |
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2月15日は、お釈迦さまが亡くなられた「涅槃会」です。全超寺では、梅花講の皆
さんと、お釈迦様に敬意と感謝、そして哀悼のお勤めを修行しました。
お釈迦さまは、今からおよそ2500年前に、インドのクシナガラで80歳の生涯を閉じ
られました。「亡くなられた」といわないで、「滅度(めつど)された」(入滅
度)、「涅槃に入られた」(入涅槃)といいますが、これは「煩悩の火がすべて消さ
れた世界」を示します。 お釈迦さまは涅槃に入られる前、弟子の阿難(アナン)に
こう言います。
「阿難よ。向こうの林の片隅にサーラの樹が立っているのを見るであろう。そこへ
行って、私のために床をつくり、枕を北に向けて休ませてもらいたい。私はひどく疲
れた。今夜半、私はそこで滅度に入るであろう」
阿難は涙を流しながら、サーラの樹の下に行き、清らかに地を掃いて床をこしら え、その上にお釈迦さまを休ませてあげます。ここに到着される前、お釈迦さまは
パーバというところで説法されていました。パーバとクシナガラの間は、わずかの距 離でしたが、移動の間25回も休まれたといいます。どれほど疲れていたのでしょ
う。頭を北に、面を西に向かい、右脇を床につけて、足を重ねられます。すると、不 思議なことが起こるのです。美しい楽の音がながれ、歌声が聞こえ、天の神々が近づ
いてきます。サーラの樹は突如、白い鶴にも似た花が咲き、花びらが雨のようにお釈 迦さまの上に降りそそぎます。
その時、お釈迦さまは阿難に言われます。
「阿難よ。天の神々が私を供養しに来たのが見えただろうか」
「はい、世尊。はっきり見えます」
「このようにするのは、心から私を敬い、私に報いる道ではない」
「では世尊。真に仏を敬い、仏に報いる道はいかなるものでありましょうか」
「阿難よ。そして、愛する弟子たちよ。私に報いたいと思うならば、老若男女を問
わず、私の説いた教えを大切にし、教えを実践してほしい。ただひとすじに教えを守
りぬく者こそ、私につかえ、私を敬うものである。香や、華や、伎楽をもってするの
は本当の道ではない。ひたすらに法を守り、法に生き、法のために精進するがよい。
これこそ、こよなき供養というものである。」
「法に生きる」ことこそ真の供養だととかれています。「こよなき供養」「真の供
養」とは、お香や華や伎楽をもってするのではなく、「教えを実践する」ことです。
お釈迦様の教えをそれぞれが実践していきましょう。
合 掌
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