・・・・・・平成28年09月・・・・・・

「迦旃延尊者」
 迦旃延(カセンネン)尊者は、対論や哲学的論議を多くされていることから「論議第一」と称せられました。迦旃延尊者は婆羅門家の出であり、西インドのアヴァンティー国出身とか、南インド地方出身とかの説がありますがはっきりしたものはありません。大変聡明な少年であった迦旃延尊者は、博学な兄のバラモン教の聖典の講義を一度聞いただけでその内容をすべて暗記してしまうほどでした。その才能に嫉妬した兄はやがて迦旃延少年を憎むようになりました。兄の嫉妬はひどくなる一方で、迦旃延尊者の身に危険を感じた父親は彼をアシタ仙人に預けることにしました。アシタ仙人とは釈尊がまだシッダルタ太子と呼ばれていた子供の頃に、「この少年は将来仏陀になる人だ」と預言した人物だといわれています。アシタ仙人のもとで弟子としてバラモンの教えを学んでいましたが、ある日どうしても解けない偈文に出くわしました。それを知ったアシタ仙人は迦旃延尊者に釈尊を紹介することにしました。釈尊は懇切丁寧にその偈文の意味をお答えになりました。この出来事が契機となって、迦旃延尊者は釈尊の弟子となったのです。
 ある日、迦旃延尊者は自分の出身国の王様から、「釈尊の教えを直に受けたいので来ていただけるように頼んでほしい」ということの依頼をうけました。実はそれまでにも何人かの家来がすでに釈尊にそのお願いに行っていたのですが、そのうちの誰一人戻ってきてはいなかったのです。その理由はなんと、釈尊にお会いしてその教えに感動してみんな弟子になってしまったからなのです。修行がすすみ立派な弟子となっていた迦旃延尊者はあらためて釈尊に自国に巡錫(じゅんしゃく)して欲しい旨お願いしました。すると、釈尊は自分に代わって迦旃延尊者自身が帰国するように申されたのです。迦旃延尊者はその釈尊のお言葉を命として帰郷し国王はもとより自国の津々浦々布教されたのです。やがて仏教がインドに広く広まったのはそれが大きな要因だったとも言われています。

合掌


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