・・・・・・平成22年1月・・・・・・
新年 明けまして おめでとうございます

平常心是道(へいじょうしんこれどう)
 唐代の名僧、趙州(じょうしゅう)が修行中に、師匠である南泉(なんせん)和尚と交わした問答です。

 趙州が師に問います。「如何是道(いかんがこれどう)(道とはどんなものでしょうか)と。
 南泉和尚は答えて、「平常心是道(普段の心こそが道である)
 趙州は重ねて問います。「その普段の心を、つかみ取ることを目標にすればよいのでしょうか」。
 南泉和尚の答えは、「目指そうとすると、すぐにそれてしまうぞ」。
 趙州はさらに問います。「目指さないのなら、どうしてそれが道であると知ることができるのでしょうか」。 南泉和尚は、「道は知るとか知らないとかいう知識に属するものではない。真に疑いようのない道に到達してみれば、それは虚空のようにカラリとしたものだ。ああだこうだと説明のしようもないものだ」と示しました。

 ここで示された「平常心」とは、一般に用いる「普段通りの心の状態」の意味ではなく、「日常の小さな行いもおろそかにしない心」です。また、普段の生活での心がけが、すなわち「仏の道」に他ならないのだと言っているのです。
 私たちも「普段の日々」をいたずらに過ごすことなく、まず当たり前のことを当たり前に行っていく心を大切に、過ごしていきたいものです。
 新年に当たり、それぞれのご多幸を祈念申し上げます。

合掌

来月も予定しています。光泰九拝
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