| 正 法 眼 蔵 | 重雲堂式 |
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重雲堂式 一、道心ありて名利をなげ捨てん人入るべし いたづらに誠なからん者入るべからず 誤りて入れりとも かんがへて出だすべし 知るべし道心ひそかにおこれば名利たちどころに解脱するものなり おほよそ大千界の中に 正嫡の付属まれなり 我国昔より今これを本源とせん 後を憐れみて 今を重くすべし 一、堂中の衆は 乳水の如くに和合して 互いに道業を一興すべし 今は しばらく賓主なりとも 後には永く仏祖なるべし しかあれば即ち 各々ともに遭ひ難きに遭ひて 行ひ難きを行う 誠の思いを忘るることなかれ これを仏祖の身心といふ 必ず仏となり祖となる 既に家を離れ 里を離れ 雲をたのみ 水をたのむ 身をたすけ 道をたすけむこと この衆の恩は父母にも優ぐるべし 父母はしばらく生死の中の親なり この衆は永く仏道のともにてあるべし 一、ありきを 好むべからず たとひ切要には一月に一度をゆるす 昔の人 遠き山にすみ 遙かなる林にをこなふし 人事まれなるのみにあらず 万縁ともに捨つ 韜光晦跡せし心を習ふべし 今はこれ頭燃をはらふ時なり この時をもて いたずらに世縁にめぐらさむ なげかざらめやは 無常たのみがたし 知らず露命いかなる路の草にか落ちん 誠に哀れむべし 一、堂の内にて たとえ禅冊なりとも文字をみるべからず 堂にしては究理弁道すべし 明窓下に向うては古繁照心すべし 寸陰捨つること勿れ 専一に功夫すべし 一、おほよそ 夜も昼も さらむところをば 堂主に知らすべし ほしいままに あそぶことなかれ 衆の規矩にかかはるべし 知らず今生のおはりにてもあるらむ 閑遊のなかに生命を追わん 定めて後にくやしからん 一、他人の非に手かくべからず 憎む心にて 人の非をみるべからず 不見他非我是自然上敬下恭の むかしの言葉あり また人の非をならふべからず わが徳を修すべし 仏も非を制することあれども 憎くめとにはあらず 一、大小の事 必ず堂主にふれて行ふべし 堂主にふれずして事を行なはん人は 堂を出だすべし 賓主の礼みだれば 正偏明らめ難たし 堂の内並びにその近辺にて 声を髙くし頭を集えてもの言うべからず 堂主これを制すべし 一、堂の内にて行道すべからず 一、堂の内にて珠数持つべからず 手を垂れて出入りすべからず 一、堂の内にて 念誦看経すべからず 檀那の一会の看経を請せんはゆるす 一、堂の内にて 鼻をたかくかみ 唾たかく吐くべからず 道業のいまだ通達せざることを悲しむべし 光陰のひそかに移り 行道のいのちを奪うことを 惜しむべし 自ずから少水の魚の心あらむ 一、堂の衆 綾織物を着るべからず かみぬの などをきるべし むかしより道をあきらめし人 みなかくの如し 一、袈裟にゑひて 堂中に入るべからず 忘れて誤まらんは 礼拝懺悔すべし また袈裟をとりいるべからず にらぎのかして堂中に入るべからず 一、諍いせん者は 二人共に下寮すべし 自から道業を妨ぐるのみにあらず 他人をも妨ぐる故に 諍はんをみて制せざらん者も同じく咎あるべし 一、堂中の教えに係はらざらんば 請人同じ心にて擯出すべし をかしと同じ心にあらんは咎あるべし 一、僧俗を堂内に招きて 衆を起動すべからず 近辺にても賓客ともの言う声高くすべからず 殊更修練自称して 供養を貪ること勿れ ひさしく参学の志あらむか あながちに巡礼のあらむは入るべし その時も必ず堂主にふるべし 一、坐禅は僧堂の如くにすべし 朝参暮請いささかも怠ることなかれ 一、斉粥の時 鉢盂の具足を地に落さん人は 叢林の式によりて罸油あるべし 一、おほよそ仏祖の制誡をば 強ちに護るべし 叢林の清規は 骨にも銘ずべし 心にも銘ずべし 一、一生安穩にして弁道無為にあらむと願がふべし 以前の数條は 古仏の身心なり 敬ひ随がふべし 暦仁二年己亥四月二十五日 観音導利興聖護国寺 開闢沙門 道元示 観音導利興聖護国寺 重雲堂式 爾時の堂主宗信 この文を写つして後に伝ふるなり 故に近代流布の本のおはりに 堂主宗信の四字を残するものあり しかあれども 撰者にあらざること知るべきなり |
